帰り道 (読むのに5分) | 自主見学

帰り道 (読むのに5分)

2003年初夏、アメリカ南部のルイジアナ州にあるニューオリンズという街へ行ったんです。ニューオリンズはジャズとマルディグラの街。



4月下旬から5月上旬にかけて毎年ジャズフェスティバルが開かれる。その期間は街がジャズ一色に染まる。



2月にはマルディグラなるお祭りがあり、その期間は街がオパイ一色に染まる。祭りに狂った女の子、お姉さん、お母さん、 果てはお婆さんまでもがシャツをまくり上げてオパイを風に晒すのです。一見すると世界はとても平和であるようです。 僕は5月下旬に行ったのだけど、季節外れのオパイを10オパイくらい偶然目撃。 偶然右手にカメラを握りしめていたもので、偶然シャッターを切りまして、偶然現像に出してみたところ、 偶然にもオパイがど真ん中に写っていました。2つも。

 

 

それらの写真を見るたびに世界は平和であるような錯覚に陥り、数秒間幸せな気持ちになれるのです。 そんなわけで、ある種麻薬のような効果を持つこの写真は現在机の奥にしまい込まれています。



偶然撮れた写真の話なんかするつもりではなくて、とにかく2月でなくても一年中お祭り騒ぎであるような印象を受けましたよ、と報告したいわけです。



2003年5月、ジャズフェスティバルが終わって2週間ほどが過ぎた頃、僕は一人でバスに乗りニューオリンズへと向かいました。 自分の住む町から12時間かけてニューオリンズに到着。



ジャズフェスティバルが終わったばかりだろうと街が死ぬようなことはありません。毎晩ライブを見るため感じるため、街に出ました。 10日連続で毎晩バーでライブを見ながらビールを飲んで、騒いで、深夜は路上で自ら太鼓演奏。 一年間毎日拭き掃除に使った雑巾のような状態になるまで身体を酷使したものの、 なんとか生命を保ったままニューオリンズ出発の日を迎えることができました。

 

 

出発の朝はアルコールのせいなのかニューオリンズを去る悲しみのせいなのか、手が震えてました。うそ。震えてたまりますか。帰り道ももちろん12時間。長距離バスはやっぱりダルイなーという気持ちのため身体全体が非常に重たい。



出発は夕刻。太陽が「あ、先輩、お先っすー」と言いながら西へと下がって行く時刻。ニューオリンズを出発して2時間ほどで外は真っ暗になりました。



いつも異変は前触れもなく起こるもの。
僕の隣に座っていたゲイのおじさんが隙あらば僕に触ろうと試みる中、バスが大きく蛇行をはじめました。
なに?! 予期せぬバスの蛇行、隣には僕の肌を狙うゲイのおじさん。21世紀のバスはこんなにも危険なものなのかと激しく動揺しました。 おじさんの監視を一時的に解除した僕が周りの乗客を見渡しますと、全員が緊急事態を察知している様子でした。なぜバスが蛇行する。 ジグザグ走行は小学校高学年で卒業するのが成長というものなんだけど、と半ば心配気味に運転手の動向を見守りました。



その時、運転手に向かって乗客の一人が叫びました。


「運転手!!起きろ!!」


おき?!何がなんだかわからない。



乗客の叫び声によってバスの蛇行は止まった。本当に運転手は寝ていたのか。乗客全員が目を見開いて半立ち、かなりの興奮状態であります。 マイク・タイソンがホリフィールドの耳を噛み切った直後の観客席のような。そういった光景。本当に運転手は寝ていたのか。 隣のゲイのおじさんも興奮し出した。酒の臭いが毎秒激しくなっていく。おじさんが叫んだ。

 

 

「最悪だぜ、こんなバス!」

 


いや、バスもバスだけど、おまいさんの口臭が最悪だよ。と、そういったなかなか面と向かっては言いずらいフレーズを心にしまい込んだ僕は、「ホント最悪だよ」 と顔を反らしながら同意するので精一杯。



みんなの興奮が落ち着き出した数分後、またしてもバスが大きく蛇行をはじめた。 2度目の蛇行に平和を乱された乗客の心は一つに重なり、ほぼ全員が一斉に叫びました。


「運転手!!起きろ!!」


「起きろ!!おらー!!」


「どぅらぁぁぁ!!」


「寝るなぁぁ!!」


「きゃ~~!!」


まるで映画のクライマックス。


事態はかなり深刻。真っ暗闇の中を蛇行するバスが走り続ける。乗客は50人以上。子供も数人乗っている。 ちょっとした事故でも大惨事になりかねない状況。



乗客の叫び声を聞くとバスの蛇行が止まる。居眠り運転を繰り返す人間失格者が大きなハンドルを握っている。 僕ら乗客の命を握っている半分夢見心地の運転手。グーで殴ってやりたい。 そんな僕の気持ちを察したかのような絶妙のタイミングで、堪りかねた乗客の一人が運転席に駆け寄っていきました。 是非ともグーで、と祈るような気持ちで背中を見送りましたよ。

 


結局殴りこそしなかったものの、彼は運転手に勢いよく説教をはじめました。 遠くてよく聞こえなかったけど運転手も言い返している。言い訳なんぞが通じるか、このたわけ。 どんな顔でどんな言い訳をするってんだ。「道路に大きいバッタが、、、」「月明かりが目に直撃して、、、」「子供が道路わきから飛び出してきて、、、」 ってどれもボツですよ。この状況で言い訳なんか通じるわけがない。とりあえず説教が効いたらしい。その後は平穏な走行が続く。



悲劇再び。

 

そんな平和な時間は30分と続かなかった。再び蛇行を始める暴走バス。 蛇行のたびに道路幅いっぱいのところにひいてある「これ以上こっち側に寄っちゃダメ」の線上を走り「んごぉぉぉぉぉぉ」という不快な音を立てた。



死んでしまう。



こんな曖昧な態度をとり続けていては僕らみんな死んでしまう。そう思った僕は運転手のアゴを左拳で打ち抜き、運転席を乗っ取った。

 


と、そんな空想まで飛び出すほど僕の精神もギリギリだった。まず僕は免許を持っていなかった。今も持っていない(2004年5月現在)。 運転席に座ったところで事態が好転する保障はない。むしろ数秒後に大惨事だ。

 


バスが蛇行する度に僕ら乗客は叫んだ。ゲイのおじさんも叫んだ。毎回毎回酒の臭いが僕の領域で弾け飛ぶ。 もっと左を向いて叫んでくれないだろうか。バスの旅はもうしたくないと心から思った。ゲイのおじさんに肌を狙われ、 居眠り運転手のせいで命の危険にさらされる。人生でこれほど板ばさまった事態があるものか。冗談じゃない。



休憩地点に着いた。



そこで事態は急展開を見せる。外に出る乗客一同。数人が運転手に歩みより怒りを露にしている。僕もゲイのおじさんも外にでた。 ゲイのおじさんが運転手に歩みよっていく。嫌な予感がしたけど止めなかった。そして僕の予感は的中。ゲイのおじさんが運転手に向かって叫んだね。



「マザー○ァッカー!」


って。

 


あーあ、やっちまっただよ。



注:「マザーファッ○ー」 とは英語における最悪の罵り言葉の一つで"マザー"が入ってはいるものの「お前の母ちゃんでーべーそ」 などとは全く異なった次元にある。 かなり気の知れた友達に向かってふざけて言うことはあるにはあるけど、全くの他人に使うなんてのは喧嘩上等の場合のみ。



まさにゲイのおじさんは喧嘩上等。明らかに道中の酒がきいている。 アルコールが身体全体にすっかり行き届いている様子が見て取れる。そしておじさんの罵倒に運転手が切れた。警察を呼んだ。



早くオウチに帰りたい。



警察を交えてモメにモメタ結果、運転手が代えられることになった。当然だ。乗客のほぼ全員が「この運転手が運転を続けるなら、絶対乗らない」という意思を表明したことが大きい。1時間ほど休憩所で待つことになった。



そして新しい運転手が登場。



彼の姿勢の良さが妙に嬉しかったこと、今でも覚えている。この人は寝ない、と確信できる要素が欲しかった僕ら乗客。新しい運転手は背筋が95°の角度で伸びておりとても好感が持てる。姿勢が良すぎて身体が少し反れ気味なのはこの際目をつぶろう。とにかく姿勢の良さに感心したんだ。彼なら安全に目的地まで運んでくれるに違いない。 安心した乗客一同は笑顔でバスに戻った。バスは二度と蛇行しなかった。



僕の隣でゲイのおじさんは小瓶に入ったウィスキーを美味しそうに飲み続けている。 付き合いはじめて3年という彼氏の話を勝手に始めた。もうどうでもよかった。バスが安全でありさえすれば、それでいい。何も怖いものはない。その後、偶然なのか何なのかおじさんに2回くらい身体を触られた。気分を害した僕はお尻を窓側に向けて、警戒しながら寝た。



バスは予定より大分遅れて目的地に到着。



長い旅がようやく終わった。


 


 


今となっては笑って話せるけど、僕ら乗客は本気で死を意識しましたね。思い出すとまだ心臓がトクトク鳴ります。



隣に座っていたゲイのおじさんの影響も少なからずあると思うのだけど、あの日以来ずっとバスが怖い。